研究領域の現状 245
藤 井 浩(准教授) (1998 年 3 月 1 日着任)
A -1) 専門領域:生物無機化学,物理化学
A -2) 研究課題:
a) 高原子価ヘム酵素反応中間体の機能発現の分子機構の研究 b) 不斉サレン錯体による不斉エポキシ化活性種の研究 c) 白血球の抗菌に関わる酵素反応中間体の研究
A -3) 研究活動の概略と主な成果
a) チトクローム P450 によるアルカンの水酸化反応は,ステロイドホルモン合成など多くの生体反応において鍵となる 反応である。これらの水酸化反応では,非常に大きい水素−重水素間での速度論的同位体効果が報告されていて, 水素原子のトンネル効果によると考えられている。チトクローム P450 は,鉄4価オキソポルフィリン π −カチオン ラジカル(C ompound I)とよばれる反応活性種を用いて反応する。我々は,C ompound I モデル錯体を用いてアルカ ンの水酸化反応における水素原子トンネル効果の寄与を検討した。反応速度論的手法や種々の分光学的手法を組み 合わせることにより,低温条件ではかなりの水素原子トンネル効果の寄与があること,その寄与の大きさがアルカン
のC–H 結合の強さや Compound I モデル錯体の活性度により変化することを見いだした。
b) 不斉マンガンサレン錯体(J acobsen 触媒)は,極めて有用性の高い錯体である。しかし,J acobsen 触媒がどのような 活性種を生成し,どのように不斉選択性を発現しているかは未解明の問題である。とりわけ,J acobsen 触媒がほとん ど平面的な構造であるにもかかわらずなぜ高い不斉選択性を示すのかは,多くの研究者が注目している点である。 最近我々は,マンガン4価サレン錯体とヨードシルアレンとの反応により,ヨードシルアレン付加体の合成,単離に 成功した。さらにこの錯体の構造解析にも成功した。結晶構造では,ヨードシルアレンの配位によりサレン配位子が 平面から階段状に大きく構造変化し不斉な環境を作り出していることが明らかとなった。本年度我々は,この解明さ れた構造を基に,ヨードソアレンの構造や錯体の対アニオンが付加錯体の反応性や不斉選択性にどのように影響す るかを研究した。また,コバルトサレン錯体の電子構造を研究し,コバルトに配位する軸位配位子と混合原子価状 態の関係を解明した。
c) 生体内の白血球は,外部から細菌などが体内に侵入するすると細菌を取り囲み,白血球中のミエロペルオキシダーゼ という酵素が塩素イオンから次亜塩素酸を作り出し細菌を撃退している。ミエロペルオキシダーゼがどのようにして 次亜塩素酸を作り出しているかは未解明である。これまでの研究で,酵素が過酸化水素と反応して,高原子価オキ ソヘム錯体を形成することが知られていて,これが塩素イオンを酸化して次亜塩素酸を合成していると考えられてい る。我々は,有機溶媒の可溶な次亜塩素塩の合成に成功し,これにより低温中鉄3価ヘムに次亜塩素イオンが配位 した錯体の合成,同定,反応性の解明に世界で初めて成功した。
B -1) 学術論文
T. KURAHASHI and H. FUJII, “Unique Ligand Radical Character of an Activated Cobalt Salen Catalyst that is Generated by Aerobic Oxidation of a Cobalt(II) Salen Complex,” Inorg. Chem. 52, 3908–3919 (2013).
246 研究領域の現状
C. WANG, T. KURAHASHI and H. FUJII, “Oxygen-Atom Transfer from Iodosylarene Adducts of a Manganese(IV) Salen Complex: Effect of Arenes and Anions on I(III) of the Coordinated Iodosylarene,” Inorg. Chem. 52, 9557–9566 (2013).
B -4) 招待講演
藤井 浩 , 「高原子価鉄オキソヘム錯体による酸化反応と反応性制御機構」, 第46回酸化反応討論会 , 筑波大 , つくば , 2013 年 11月.
藤井 浩 , 「高原子価鉄オキソポルフィリン錯体を用いた酵素反応の研究」, 山形大学理学部 , 山形 , 2013年 8月.
藤井 浩 , 「軸配位子による高原子価鉄オキソヘム錯体の反応性の制御機構」, 分子研研究会「生体配位化学の最前線と展 望」, 岡崎 , 2013年 2月.
藤井 浩 , 「金属酵素の活性部位の電子構造と酵素反応」, 分子研研究会「生物物質科学の展望」, 岡崎 , 2013年 1月.
B -6) 受賞,表彰
高橋昭博 , 日本化学会学生講演賞 (2007).
高橋昭博 , 第41回酸化反応討論会ポスター賞 (2008). 王 春蘭 , 第44回酸化反応討論会ポスター賞 (2011). T. KURAHASHI and H. FUJII, BCSJ Award Article (2012).
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員等
酸化反応討論会幹事 (2011– ). 学会の組織委員等
14th International Conference on Bioinorganic Chemistry, Local Committee (2009).
B -8) 大学での講義,客員
山形大学大学院理工学専攻物質生命化学研究科 , 集中講義「物質生命化学特別講義 I」, 2013年 8月 7日–8日.
B -10) 競争的資金
科研費基盤研究 ( B ) , 「単核非ヘム酵素反応中間体としての高酸化オキソ錯体の合成と反応性の研究」, 藤井 浩 (2002 年 –2004年 ).
科研費基盤研究 (B), 「立体構造にもとづく基質結合サイトの再構築による酵素反応選択性の制御」, 藤井 浩 (2004年 –2007年 ). 大幸財団海外学術交流助成金 , 「第3回ポルフィリンとフタロシアニンに関する国際会議での研究発表」, 藤井 浩 (2004年 ). 科研費特定領域研究「配位空間」(公募研究), 「金属酵素のナノ反応空間における基質の配向および反応選択性の制御」, 藤 井 浩 (2005年 –2006年 ).
科研費基盤研究 ( B ) , 「高原子価オキソ金属錯体の反応性と反応選択性を制御する分子機構の解明」, 藤井 浩 (2010 年 –2013年 ).
科研費基盤研究 (C ), 「高原子価マンガンオキソ錯体の精密反応制御」, 倉橋拓也 (2011年 –2015年 ).
研究領域の現状 247 科研費基盤研究 ( B ) , 「次亜塩素酸錯体の反応性と反応選択性の分子機構の解明及びそれに基づく制御法の開発」, 藤井 浩 (2014年 –2017年 ).
C ) 研究活動の課題と展望
生体内の金属酵素の構造と機能の関わりを,酵素反応中間体の電子構造から研究している。金属酵素の機能をより深く理 解するためには,反応中間体の電子状態だけでなく,それを取り囲むタンパク質の反応場の機能を解明することも重要であ ると考える。これまでの基礎研究で取得した知見や手法をさらに発展させて,酵素,タンパクのつくる反応場の特質と反応 性の関係を解明していきたいと考える。また,これらの研究を通して得られた知見を基に,酵素機能変換法の新概念を確立 できるよう研究を進めたいと考える。